私は10年間、病院のシステム管理を担当していました。電子カルテの導入・運用、院内ネットワークの管理、予約システムの保守、スタッフへのIT研修——医療機関のITに関わるほぼすべての業務を経験しました。
その後Web制作の世界に入り、現在は医療機関のホームページ制作・システム開発を専門にしています。
この記事では、10年間の現場経験で気づいた「医療ITの現実」を率直に書きます。医療機関でシステム導入を検討している方、あるいはIT業者との付き合い方に悩んでいる方に読んでもらえれば幸いです。
現実1|「現場を知らないシステム」は使われない
10年間で何度も目にした光景があります。高額なシステムを導入したのに、半年後には誰も使っていない——というケースです。
原因はほぼ共通していました。システムを作った側が、現場の動き方を理解していなかったのです。
たとえば予約システムの話をすると、開発会社が持ってくる「標準的な予約システム」は、たいてい「診療科を選んで、日時を選んで、患者情報を入力する」というシンプルな流れです。一見問題なさそうに見えますが、実際の病院の予約運用はもっと複雑です。
「この曜日はA先生、この曜日はB先生」「初診は必ず30分枠、再診は15分枠」「特定の検査は前日までにしか予約できない」「特定の時間帯は電話専用」——こうしたルールは、病院ごとに異なり、しかも現場のスタッフが「当たり前」として運用しているため、わざわざ言語化されていないことがほとんどです。
システム会社はヒアリングをしますが、「何を聞けばいいか」を知らないため、表面的な要件しか拾えません。結果として「標準的な機能」で作られたシステムが納品され、現場では「使いにくい」「うちの運用に合わない」となって、元の紙運用・電話運用に戻る——という流れを何度も見ました。
現実2|医療現場のスタッフはITが苦手な人が多い
これは批判ではなく、現実として受け止めてほしいのですが、医療現場のスタッフの多くは「ITに慣れていない」状態で働いています。
看護師も事務スタッフも、医療の専門家です。ITの専門家ではありません。どれだけ優れたシステムを入れても、「操作が複雑」「マニュアルが難しい」「エラーが出たときに対処できない」という状態では、現場での定着は難しいです。
私が病院でシステム管理をしていた頃、新しいシステムを導入するたびに必ず行っていたのが「スタッフ全員への操作研修」と「わかりやすい手順書の作成」でした。システムの品質と同じくらい、この研修と手順書が重要だと実感していました。
医療機関がシステムを発注するとき、「納品後の研修・マニュアルサポートがあるか」を確認することは非常に重要です。システムを作るだけで終わるベンダーは、現場の実態をわかっていないと思って間違いありません。
現実3|セキュリティへの意識は高いが、対策が追いついていないことが多い
医療機関は個人情報の塊です。患者の氏名・住所・診療内容・投薬歴——これらは非常にセンシティブな情報であり、医療機関のスタッフはその重要性を十分に理解しています。
しかし、「意識が高い」ことと「対策が適切に行われている」ことは別の話です。
現場でよく見たのは以下のようなケースです。
- パスワードが全スタッフ共通で、しかも何年も変更されていない
- 使わなくなったスタッフのアカウントが残ったまま
- 院内Wi-Fiのパスワードが「開院時から変えていない」
- 私物スマートフォンで患者情報を撮影している(悪意はなく、「便利だから」という理由で)
これらは悪意のある行為ではなく、「忙しい現場でついやってしまうこと」です。しかし情報漏えいが起きた場合、理由が何であれ医療機関の責任になります。
Web制作やシステム開発を依頼するとき、「セキュリティ設計についてどう考えているか」を具体的に説明できるベンダーを選ぶことが重要です。「セキュリティには配慮しています」という抽象的な言葉ではなく、「アクセス権限の設計はどうするか」「ログはどこまで取るか」「通信の暗号化はどうするか」といった具体的な話ができるかどうかが判断基準になります。
現実4|電子カルテの「乗り換え」は想像以上に大変
医療機関のIT担当者が最も頭を悩ませる問題の一つが、電子カルテの乗り換えです。
電子カルテは一度導入すると、患者データが蓄積されていきます。10年分のデータが入ったシステムを別のシステムに移行するのは、技術的にも費用的にも非常に大変な作業です。電子カルテのメーカーによってデータ形式が異なるため、移行ツールがそのまま使えないケースも多いです。
私が経験した中では、電子カルテの乗り換えに1年以上かかったケースもありました。移行期間中は新旧両方のシステムを並行運用する必要があり、スタッフへの負担も大きかったです。
これが意味することは一つです。電子カルテを選ぶときは「今の使い勝手」だけでなく「長期的な運用コスト・サポート体制・将来の移行しやすさ」まで考慮すべきということです。
また、Web予約システムや業務システムを新たに導入するとき、「既存の電子カルテと連携できるか」を必ず最初に確認してください。後から「連携できなかった」となると、手戻りのコストが非常に大きくなります。
現実5|「医療に強いIT業者」はほとんどいない
医療機関向けのITサービスを提供している会社は多くあります。しかし「医療現場の実態を知った上でサービスを提供している」会社は、実はあまり多くありません。
大手の電子カルテメーカーや医療系SaaSは、医療業界の知識を持った営業・開発チームを持っています。しかし中小のWeb制作会社やシステム開発会社は、「医療機関の案件も受けている」というだけで、現場の実態を深く知らないケースがほとんどです。
私がWeb制作の世界に入ったとき、医療系の案件を受けているWeb制作会社のサイトや制作物を多く見ました。デザインとしてはきれいなものも多かったです。しかし「このサイトを作った人は、実際に医療現場で働いたことがあるのだろうか」と感じることがほとんどでした。
たとえばクリニックのトップページに「初めての方へ」というリンクがあっても、その先に書かれているのが「お気軽にご来院ください」だけ、というサイトを何度も見ました。実際に医療現場にいれば、「初診の患者さんが最も不安に思うのは何か」がわかります。保険証の持ち物、問診票の記入、待ち時間の目安、駐車場の有無——こういった情報こそが、初診患者さんが求めているものです。
「医療現場を知っているかどうか」は、制作物を見ればわかります。医療機関がIT業者を選ぶとき、「医療の現場を知っているか」を直接聞いてみることをお勧めします。
医療機関とIT業者がうまくいくためのポイント
10年間の現場経験と、独立後のWeb制作・システム開発の経験から、医療機関とIT業者の関係がうまくいくためのポイントをまとめます。
医療機関側がやるべきこと
まず、自院の業務フローと課題を言語化することが重要です。「なんとなく不便」ではなく「どの業務で、誰が、どのくらいの時間をかけていて、何が問題か」を整理してから相談すると、業者との認識のズレが少なくなります。
次に、現場のスタッフを巻き込むことです。院長や事務長だけで決めたシステムが、現場のスタッフに「使いにくい」と思われると定着しません。導入前の段階から、実際に使うスタッフの意見を取り入れてください。
IT業者側に求めるべきこと
「ヒアリングの質」で業者を見極めてください。良い業者は、最初の打ち合わせで「現状の業務フローを教えてください」と聞いてきます。最初から「こういうシステムがあります」と提案してくる業者は、現場の実態より自社の製品を売ることを優先している可能性があります。
また、納品後のサポートについて具体的に説明できるかどうかも重要な判断基準です。「何かあればご連絡ください」ではなく、「トラブル時は何時間以内に対応します」「月次で運用状況を確認します」という具体的な体制を持っているかどうかを確認してください。
まとめ
病院システム管理の10年間で学んだことを一言で表すとすれば、「ITは道具であり、使う人間と現場の運用が最も重要」ということです。
どれだけ優れたシステムも、現場の実態に合っていなければ使われません。どれだけ美しいホームページも、患者さんが求める情報を届けられなければ意味がありません。
医療機関のIT活用は、まだまだ改善の余地が大きい領域です。私自身、その現場を10年間内側から見てきたからこそ、「現場を知っている」立場でWeb制作・システム開発に取り組んでいます。
医療機関のWeb・システムに関することであれば、どんな小さな相談でも構いません。「何から始めればいいかわからない」という段階からお気軽にどうぞ。